装甲騎兵ボトムズ(TVシリーズ)

 いい加減この作品の素晴らしさについては言い尽くされている気もするが、このサイトではメインコンテンツとして扱っていることもあり、この辺りでそろそろテキストとしても取り上げておこうと思う。



 言うまでもなく本作は高橋良輔監督のリアルロボットアニメ第二弾であり、また最大の成功作であると言われている。そしてその価値として、ロボットからキャラクター性というものを完全に廃したエポックさ、主人公キリコを始めとするキャラパフォーマンスの奥深さ、また吉川氏入魂の文芸(脚本)などを挙げる論評が多いようだ。しかしそれらの評価に、どうもあたしは居心地の悪さを感じる。どうしてか。



 なるほど上記のような評はそれぞれに正しいし、ボトムズの大きな魅力ではある。しかしこう言っては何だけど、どうも群盲象を撫でているようなもどかしさを覚えることも事実。
 ではあたしが本作の一番の手柄たる要素をどう考えているかというと、それは「アストラギウス銀河」というものが、素晴らしい臨場感を持って活写されていることだと思うのだ。つまり異世界の手触りを、例えばバイストン−ウェルなどという陳腐な箱庭とは比較にならない迫力で創出してみせた、それこそが「ボトムズ」における最も価値ある仕事なのだと考える。



 アストラギウス銀河がアストラギウス銀河たる、唯一にして無二の条件とは何だろう?
 ギルガメスとバララントという二大星間大国が存在することか?否である。
 ではそれら星間国家が恒常的に争いを繰り返していることか?否である。
 ワイズマンなる異能者の意志が、世界の有り様と人々の営みを支配していることか?それも否である。



 アストラギウス銀河が自らを証明する必要十分条件、それは「ATが存在し、あまねく用いられている世界」であるという一点に尽きる。そしてその一点においてのみ、アストラギウス銀河は他の創造宇宙と区別される。
 であるなら、「ボトムズ」という作品にとって、ATという兵器が活躍する様をどれだけいきいきと活写出来たかということは大変重要であって、その伝に置いて、本作はまさに満点に近い仕事をしたと言えるのではないか。



 「特徴あるメカニックを創造することによって、その世界そのものを代弁させてしまう」という演出法は、リアルロボット作家の先達である富野監督が提唱し、得意としていたものだ。例えば「ガンダム」世界は、「モビルスーツが戦う世界」であると総括できる。
 しかし「ボトムズ」の世界は、先達たる「ガンダム」を、その世界構築のオリジナリティー、完成度において遙かに凌駕していると言えよう。



 足のローラーによって地上を猛然と疾駆し、ピックを打ち込んで超信地旋回を行い、素っ気ないカメラアイをグリグリ回転させ、火薬の激発で鉄拳を叩き込む、それらATの戦いぶりは、まさに(当時)ATによってしか表現し得ないものであり、そしてATによって表現し尽くされたパフォーマンスだ。
 外見的には従来のスーパーロボットから取り立てて飛躍しておらず、その戦いぶりにも画期的なオリジナリティーを持たないガンダムに比して、ボトムズはまさにその点で決定的な差を付けたのだ!



 そう考えるとき、高橋監督が、前作「ダグラム」における失敗を彼なりに分析し、その反省点をキッチリと本作に生かしていることに気付かされる。
 拙稿「太陽の牙ダグラム」で書いたとおり、「コンバットアーマー」というメカニックの欠点は、そののっぺらぼうなキャラクターイメージであった。それがひいては、あの世界そのものを、ボンヤリとした特徴のない宇宙にしてしまったのだ。



 ATに確固たる、また独自のイメージが肉付けされれば、それが活躍する宇宙にも自ずと血が通う。それに気付き、キッチリ実践したスタッフの仕事は、色々と欠点(作画の悪さや、やや泥縄式の構成)はあるにしても、リアルロボットの最高峰としてアニメ史上に記憶され続けるであろう。

装甲騎兵ボトムズ(TV版)

ストーリー

演出

作画

メカニック描写

エポック度

総合評価

 ★総合評価基準=A・超良い、B・良い、C・普通、D・悪い、E・死んで欲しい

ちなみに絶対的な評価ではなく、その当時のアニメ界における相対的な評価です。



→戻る