No.30
邦画界絶対零度
あたしは普段滅多に邦画を見ないのであるが、最近続けざまに2作を視聴する機会があり、そのあまりにヨモスエな内容に失神しかけました。
こんなものを見ているとバカが伝染してきそうなので、警鐘を鳴らす意味でここにレビューを記しておきます。もしも見る機会に出くわしそうになったら走って逃げるのよ。お姉さんと約束してね。
ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃
大学のOB会による忘年会において、毎年恒例の平成ゴジラ映画は欠かせない事前のツマである。面白いにせよつまらないにせよ、ツッコミどころには事欠かなくて宴会が盛り上がるからだ。
でによって映画本体で楽しもうなどとはハナから期待していないのであるが、それにしても今回の「大怪獣総攻撃」には腹が立った。まったくもう、しょうむなさすぎ。
一昨年(2000年)の「ゴジラVSメガギラス」のような映画であれば、
「バカっていうのはしょうがないなあ」
と苦笑して許せるのであるが、今回の映画は
「バカというのは始末に負えん!」
という気分にさせられちゃうのである。マジ地球からいなくなって欲しいっすよ、金子修介監督。
エヴァ的小賢しさ炸裂の「ガメラ3」の時からウンザリさせられていたが、そも「何故怪獣が日本を襲うのか?」、「何故怪獣はどれだけ砲撃されようとも死なないのか?」なんつーことを言いたい人間が怪獣映画を撮っては絶対にイケナイのである。そういうことは宝島ムックの寄稿者が言うことであって、表現者本人は口が裂けても言ってはイケナイことではないのか。
日本の怪獣が我々の世界のリアリティとは隔絶した非常識な存在であることは、金子氏ごときに言われなくても誰でも知っている。その上で皆、その非現実空間を楽しんでるんじゃないか。
つまり(日本)怪獣映画のリアリティとは、あくまで「フェイク」としてのリアリティを超えてはイケナイのである。
街の景観や人々の生態、国家体制などをリアルに描くのは結構だが、「怪獣はその存在そのものが非現実的だ」という理性だけは描かれてはならない。それは例えば、宝塚の公演中、トップスターがいきなりシニカルな表情になって、
「あんたらも、ようこんなアホらしいモノ見に来てまんな〜。こんなゲロみたいな化粧したフェルゼンがおりまっかいな。はよ帰って雑巾がけでもやってた方がマシでっせ」
なんてことを観客に向かって言い始めるのと同じくらい愚かなことだ。
よしそんなテーマを描くなら描くで、こんなチープなオカルトでなく、もうちょっと観客をハッとさせられるような着想や切り口を用意できなきゃ意味無いでしょう。「残留思念」だの何だのと、大人の作家が素面で言うことか。聞いてる方が恥ずかしくてやり切れないぜ。
「馬鹿馬鹿しい」と言うのも馬鹿馬鹿しくなるほど薄っぺらい人間ドラマがダラダラ続くのも辟易もので、新山千春や宇崎竜童らの大根アクトぶりはK−1ファイターのフィニッシュブローよりも激痛。
怪獣映画に人間ドラマなんていらないんだよ!とにかく怪獣が格好良く暴れてれば不足なしなんだよ!あたしなんか平成ガメラ程度のオマケドラマでもうるさく感じるほどである。いい加減分かんなさいよバカ監督!
肝心の特撮はガメラのスタッフが投入されているだけあってこれまでよりは垢抜けているが、取り立てて讃えなきゃならないほどのビジュアルショックとも思えない。何より「こんな映像見たことない!」と唸らせられる斬新なカットが無いことは致命的だ。
「ガメラ3」は映画としてはジャンクの類だが、ビジュアルにおいては素晴らしいチャレンジが多々あったことも確か(EX・渋谷において、ガメラの回転ジェットを地上からのどアップで捉え、そのフレアがフッと消えた次の瞬間、巨大な双脚がズドーン!と自由落下してくる衝撃的シーンなど)で、それは恐らく樋口氏という類いまれなビジュアルエディターによるコントロールがあったからであり、やはり特撮はどこまで行っても「絵」のセンスがあるか無いかなんだよね。
その伝で「大怪獣総攻撃」のスタッフには絵描きとしての鋭いセンスが欠けていると言わざるを得ないし、それはそのままプロデューサーたる金子氏の無能を表している。
まあ「ガメラの金子監督を呼んできてゴジラを撮らせてみよう」という東宝の恥知らずなセンスがそもそもズレていると言えばそうだが、この唾棄すべき産業廃棄物が生まれた最も大なる責を、「自分には怪獣映画が撮れる」などと大勘違いしている金子氏が負っていることは間違いなかろう。
氏曰く、「自分なりの怪獣映画の理想の形」を目指したそうだが、全く持って聞いて笑わせるよ。
追記・それにしても「魏怒羅(ぎどら)」って当て字はまんま暴走族だよなあ。腹に「夜露死苦!」とでも書いておけば似合いそうだニョ。
バトル・ロワイヤル
その内容の過激さ(あたしはちっとも過激だと思わないが)故、上映禁止にしろと代議士に噛み付かれて話題となった映画である。WOWOWでかかったのでチートス片手に見ましたの。
見て思ったのは、「代議士に噛み付かれた」という話題性以外には何もない映画だということ。少なくとも、教育に良くないだの、R15指定にしなきゃならんだのと心配するような作品ではない。単なるゲロつまらないジャンクムービーじゃん。いくらお馬鹿なお子様でも、こんなモノ見て感化なんてされないよ。
民主党代議士というのも、ズレてる上にヒマで白痴なんだからタチが悪い。だいたい代議士風情が文芸作品の内容を云々するなんて生意気だよ。以後慎め愚か者めが!
さて原作小説の方はあたしは未読だけれど、あれだけ話題になった作品なのだから、素晴らしい筆致で書かれた傑作なのかもしれない。だけどこの映画に限って言うと、あまりにアホらしくて見続けるのが苦痛である。
観念的な心理劇であるから舞台設定やストーリーが荒唐無稽なのは全然かまわないのだが、それにしたって作品世界にグイと視聴者を引きずり込んでくれる雰囲気作りというのは必要なはずで、ジャリタレたちが大昔の日活アクションみたいにチープな銃撃戦を演じる絵をダラダラ見せられては正直面食らってしまう。今は21世紀だぜ。アホかいな、深作欣二。
それにしても邦画のガンエフェクトのチープさというのは、これいい加減どうにかならないもんでしょうか?長くこれでやってきたお家芸とは言え、良くないお家芸なら改善するべきでしょう。
真っ赤っかの花火としか見えないマズルエフェクト。
やたらと元気良く飛ぶカート。
人体着弾時に散る変な火花。
リコイルもへったくれもないマシンガンの回転。
どれもこれもゲンナリします。
銃など使ったこともない中学生なんだからエイムなんぞ出来ないのは良しとしても、戦ってるうちにもうちょっとでもマシになってこないとおかしいんじゃないの?特にサブマシンガンを片手の手首だけ使って前下方に連射する、いかにも深作氏らしいマンガ的なシーンが多くあるけど、あれじゃ保持なんぞ出来っこないのは今日日それこそ中学生だって知ってるぞ。
アクション映画の大家だとか言われて(言う方も言う方だが・・・)収まりかえっていないで、少しは新しい勉強をしてみたらどうなのか、深作氏。要するにこれも老害なんだろうなあ。
他にも、今際の際に色々しゃべくってみたり、それがおしなべて新劇みたいなざーとらしい喋りだったり、出来の悪い生首プロップをこけおどしみたいにつかってみたりと、邦画のくだらないくーだらない伝統的バカ演出のコンボ状態でマジうんざり。出演している北野武も心中苦笑いしてるんじゃないだろうか。
内容が過激だモラール上怪しからんだのとトンチンカンなことを言う前に、こんなしょうむないものに予算が付いて商売になってしまう現状をこそ、エンタテイメントを愛する立場から憂えるべきである。全くお寒いですわ、邦画界。
追記・ていうか、オイみやむー、んなとこで何しとる!(^^)
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