No.12
WOWOWなアニメなの
最近のWOWOWはやたらとアニメ放映に力を入れていて、ほとんど毎日、何某かのオリジナルアニメがオンエアされている。
まあおしなべて退屈な凡作なのであるが、ついつい見てしまうのですね〜これが。
どうも「有料放送であるから見なくちゃ損だ」という意識が働いちゃうみたいで、我ながら実にいじましいハナシである。
とは言えせっかく視聴したモノなので、それらしょうむない作品群について、ここでまとめて書いておくことにする。
Oh!スーパーミルクちゃん
相変わらずの徹底した無意味ぶりが楽しいアニメだが、30分枠と長くなった分、民放深夜版のスタイリッシュさが薄れて間延びした感じ。ちょっと残念。
まあ「ハナゲの心の声」と「アリの夫婦」と「ニュースのオカマ記事」がイカしているので許しましょう。
Niaアンダー7
「にああんだーせぶん」と読む。
宇宙からやってきた(らしい)ヒューマノイドの一族が、人間社会と自然に同化している、異世界の日本を描くコメディ調アニメである。
一言で言って、ちょっと不思議な作品だ。全体のトーンが何とも曖昧模糊としている。
決してつまらなくはない、しかし少しも面白くはない、そんな感じ。つまりエンターテイメントとしては良くも悪くも中途半端すぎかな。
あたしは大抵の文芸作品を力ワザで読み解いてしまうことを特技としているのだが、この「Niaアンダー7」についてはちょっとサジを投げ気味です。(途中で二話分見のがしているということもあるけど)
追うと身をかわし、放っておくと身をすり寄せてくる、ネコのような宇宙人。
そこに見えているのに、しかし決してたどり着けそうもない、幻のような宇宙母船。
野を渡ってくる不思議な呼び声。
ちょうど夏が終わってゆくように、静かに、しかし確実に滅んでゆく世界。
それらの描写は明らかに何物かの暗喩であろうが、その正体は分かるようで分からない。自分で言うのもイヤらしいが、それはあたしの頭が特に悪いからではなく、スタッフの演出不足に大きく与って因があろう。
あたしが大学の美術科で学んでいた頃、「10倍の法則」ということを教わった。要するに創作者たるもの、「表現しようとすること」を、自分で「これでいい」と思ったレベルの10倍くらいに表現してちょうど良いということである。
例えばマンガを描くにしても、作者だけが分かっているつもりで、読者には情景その他が少しも伝わっていないことがある。だから説明する場面では、最初のコンテより10倍詳しく説明を、迫力を出す場面では10倍スゴイ迫力で、とあたしは少なくとも心がけている。
「Niaアンダー7」のスタッフには、そういう基本的な思いやりが欠けているよね。
まあハッキリ描いちゃうと陳腐そのものなんでボカシて言ってるのだろうが、陳腐なモノを陳腐に見せないやりくりこそが作家の仕事なのに。
もっともそんな思わせぶりも、小中さんだとか庵野さんの作品みたいにイヤミな印象がないので、とりあえず「可」としておきましょう。(全編を貫く「滅びてゆくモノに対する感傷」はなかなか良いんですけどね。麻由子が丈比べの傷跡に涙するシーンなんか、思わずポロポロともらい泣きしてしまった。年だなあ。)
ちなみに本作をバッチリ読み解いたという方がいらっしゃいましたら、どうか御教示くださいませ。
ハンドメイド・メイ
アニメで言えば「ナデシコ」なんかの系譜に属する、「オタクがハレムの夢なんか見てんじゃねーよ!」的妄想作品の極めつけである。
つまりヘタレで貧乏で優柔不断で何の取り柄もないオタク青年の所へ、ある日を境に美少女メイドや美幼女や美人人妻なんかが続々と詰めかけ、我先にとパンツを見せたりお乳をユサユサさせたり素っ裸でむしゃぶりついてきたりというお約束のエンタテイメントであるが、もはや(スタッフが)一切の羞恥心も自省もかなぐり捨てているという点で、本作は首一つ抜きん出ている。
何度か書いていることだが、あたしはおよそ文芸作品たるもの、全ては「娯楽」として消費し、評価をしなくてはならないと思っている。
それが高尚な内容であれお下劣な内容であれ、消費して楽しければ、つまり「面白ければ」何でも良いというスタンスだ。
その伝でいけば、本作「ハンドメイド・メイ」も、その虫のいい妄想にひたって自らの満たされないアイデンティティを慰めるオタク坊やたちが多数存在するのなら、つまり彼らが本作を楽しみ、そこにキチンとした需給関係が成立するのなら、何らノープロブレムということになる。
だがしかし、それを踏まえた上で、メイを楽しんでいるオタッキー青少年たちにあえて言わせてもらうけど、
君たちは間違っている!(^^)
大人がシャレとして楽しむならともかく、こんなモノを子供のうちから当たり前に消費していると、マジで他者とのコミュニケーションが築けない、ましてや異性との真に実りある交際など絶対に望めない、精神がいびつに欠損した大人子供になってしまうぞ!
現実の社会は、自らの努力で幸福を希求する者にのみ微笑み、また現実の女の子は男の子同様にグロテスクで禍々しい。しかしだからこそ、この世は生きていて甲斐がある。そんな当たり前の感覚がスポイルされてしまうことを、あたしは危惧します。
フィクションなればこそ、虫のいいことだけ疑似体験していたってイイじゃんというのも一つの見識だが、それにしたって自ずと節度ってモノがあるでしょう。
どうも本作は、公共電波で発信するにはあまりにもえげつなすぎるというのがあたしの印象です。
もっとも、ここであたしがそんなことを憂えていたって、早晩ちまたにはメイちゃんのパンチラフィギュアが溢れ、コミケでは彼女のお下劣本が飛び交うのでしょうね。
ここまで来ると、もう国民全員がそうなっちゃう国ともいうのも、ある意味楽しそうですが。(何がだ)
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